ごあいさつ

<それは夏の清里から始まった>
2012年7月、代表の山本は某合唱団の企画にオーケストラの賛助として参加し、清里の清泉寮に来ていた。避暑地でバッハを歌うというこの企画もすでに3年目を迎え、来年で打ち切りになるとの噂だった。終演後コテージに引き揚げて談笑しているうちに、このような活動を継続したい、山本なんとかしろという話になり、ワインの酔いも手伝って「教会でマニフィカトとカンタータ78番をやろう!」とぶちあげてしまった。学生時代に合唱団でクリスマス・オラトリオを歌い、オケでは室内合奏団を組織してマニフィカトを演奏した。それ以来いつかまたやりたいと思い続けてきたのは確かだ。しかしその後シンフォニー・オーケストラにどっぷり浸かり、この世界から遠ざかっていた。清里の企画はそのことを思い起こすきっかけになった。
しかし日常に戻り冷静になると、やはり無理だよな、でもやりたいなと逡巡するまま時間ばかりが過ぎていった。
半年も過ぎたある日、別件でソプラノの杉原先生とアルトの中野先生にお目にかかると、 なんと目白の教会のパンフレットをお持ちになっている!「清里」後、いろいろ調べてくださっていたことがわかり、このことで決心がついた。自分の年齢を考えても、いつまで笛を吹いていられるかわからない。今しかない…!
準備を始めたのは2013年春だったが、とにかくオケに人脈はあっても合唱団は縁がない。このような団体の運営のノウハウもない。本当にできるのか・・・。
オケの方でまず相談したのはバロック・バイオリンの須賀先生。彼女は冒頭の団体でトレーナーをしていて知己を得た。確かな腕前と知識で私たちを引っ張って行ってくれるだろうと考えた。それにバッハのカンタータとなるとバイオリンのソロも多く、これはよほど腕が立つ者でないと務まらない。彼女が協力してくれることで実現にはずみがついた。
合唱の方は杉原先生と中野先生が中心になって希望者を掘り起こしていった。つてを頼りに一人、二人と篤志家が集まってきた。これなら何とかなりそうだというわけで池袋の貸会議室で 結団式らしきものを開いたのが2013年8月24日。問題は指導者だが、これはもうこの世界の第一人者であり、大学合唱団の先輩にあたる大島博氏を措いてほかに誰がいようか。しかし氏ははじめ懐疑的だったと思う。なにしろまだ影も形もない団体だ。それでも氏は最終的に指導を引き受けてくださり、これで恰好は整った。ホールの手配、練習場の確保、 信じられないくらいの事務作業。それからあとはもう坂道どころか絶壁を転げ落ちるような毎日で、いつの間にか演奏会を迎えることになった。
演奏会は成功裏に終えることができたが、いばらの道はまだ続いた。弦楽器を中心に去って行ったものが少なくなかったのだ。オケのプレーヤーの中には声楽作品に疎く、単にバロック音楽ができるからという期待で参加した者もいたようだが、魅力をアピールできていないという課題もつきつけられていると考え、それは今現在も模索しているところである。それがうまくいっているのかどうかわからないが、弦楽器の人数はトレーナーを除いて3-3-2-2-1となり、7名の管楽器奏者、26名の合唱団員と合わせて総勢44名と充実してきた。
ご興味ある方の参加を待つ!

東京カンタータ・コレギウム 代表 山本浩士