通奏低音のお話その2

通奏低音の即興性

通奏低音でベースラインだけを担当する楽器は譜面通りにそれを弾いたでしょうが、和音を弾ける楽器は基本的に数字に従いつつ出来るだけ自由に振る舞えました。基本的に即興的な作曲と言ってよく、別の声部を付け加える事だって出来ます。バッハなどは大いに遊んだのではないかと思われます。今日ではそういう演奏に出会うことはありません。そんな出しゃばった事をしたら何を言われるか、とビビっているからかもしれません。そこで、もし自己顕示欲ギンギンの通奏低音奏者がいたらどうなるか、というのをやってみます。

ヘンデル ヴァイオリン・ソナタD-dur

d-sonata

控えめなチェンバロ奏者

メチャクチャ目立ちたがりのチェンバロ奏者

後者にはヴァイオリニストからの声は2度と掛からないと思われます。

音楽のホモフォニー化

17世紀末に調性音楽のハーモニー言語が完璧なレベルに達すると、すぐに音楽のホモフォニー化が加速しだします。要するに音楽を1つのメロディーと伴奏に完全に分けてしまうという単純化です。伴奏を担当する楽器は通奏低音だけでなく、メロディーを担当する楽器以外みんなで通奏低音と同じリズムで和音を鳴らし続ける、みたいなスタイルをヴィヴァルディやペルゴレージといったイタリアの人たちが盛んにやりだして、すぐにヨーロッパ中に広まりました。すでに古典派と呼ばれるスタイルのサウンドの特徴が現れたのです。

ペルゴレージ スターバト・マーテルから

sta1

sat2 このペルゴレージの譜面を見るとメロディー(ヴァイオリン)と伴奏(ヴィオラとバス)にキッパリ別れいて、歌が始まるとみんなでリズム和音を刻む、というモーツアルトの譜面でもお馴染みの要素が現れています。実際音楽もほとんどモーツアルトみたいだし。バッハがライプツィヒのコーヒーハウスでコンチェルトなんかを演奏してた頃、イタリアではすでにこんなのが出てきていたのです。

メロディーを目立たせるために、他の声部のメロディー要素をできるだけ少なくする、というのが新しいイタリア流です。

 

 

 

 

Son qual nave ch’agitata

カストラートで有名なファリネッリのナンバーです。こんなに歌のパートにスポットが当たっちゃうと、他の声部はサポートに徹するしか無いです。

こんな事から、伴奏のあり方自体がホモフォニックになってきて、他の楽器で十分に和音が鳴っているのでもうチェンバロを使う必要を感じなくなった、というのも通奏低音が廃れる要因の1つでしょう。低音のメロディーラインを特別扱いしなくなった、というのもあります。これも、大事なのは1つのメロディーだけ、というセンスから来るものです。

バッハが死んだ18世紀の半ば以後、急速に現在古典派と呼んでいるスタイルが広まって、同時にリュートやチェンバロも廃れてしまいます。それでもこの時期から暫くの間、通奏低音のスタイルを続けるケースもあったようで、その場合ピアノを使ってたようです。当時の人々はピアノのこともチェンバロと呼んでいた(チェンバロとはキーボードという意味)ので、今の人が昔の資料を読んでも、どの楽器を使ってたか判らないんだそうです。まあそれでも通奏低音が古臭い習慣になっていたのは確かのようで、モーツァルトがそのことをユーモアをもって曲の中で表現してます。

1787年に書かれた「Die Alte」という歌で、「おばあさん」というタイトルでして「わたしの若い頃に比べて今の連中は嘆かわしいのう」とボヤく歌です。おばあさんの若い頃の音楽スタイルのパロディーとして通奏低音だけの伴奏にしてあります。

alte

1787年に70才の「おばあさん」の20才の頃とは1737年あたりです。ちょうどバッハなどがカンタータを演奏してた頃ですね。すっかり懐メロ扱いになってます。

その後ー通奏低音の衰退

ベートーヴェンの交響曲の初演で鍵盤楽器を使ったという記録があるそうで、19世紀初頭ではまだ通奏低音の習慣の名残があったようですが、まあバンドにリズム・ギターやキーボードの要員がいれば入れてみたりするような感覚に違いなく、無きゃ無いでよかったんじゃないでしょうか。当時のピアノで和音を弾いたところで、オケの中で音が掻き消されちゃうだろうし、第一、譜面のバスパートに数字が書いてないところを見ると、通奏低音でやる必要を感じてなかったのでしょう。その後6~70年ですっかり通奏低音のことをみんな忘れてしまったようです。オペラのレチタティーヴォをキーボードでやる、というのも遠の昔に廃れてしまいました。ブラームスが受難曲だか何かを演奏する際、チェンバロとオルガンとどっちを使ったらよいかを当時のトーマスカントルに問い合わせているのは、バッハの頃にどうやってたかよく分からなくなっていた証拠です。

演奏における即興性の衰退

18世紀までは盛んだったアドリブ演奏、具体的には通奏低音奏者の即興伴奏やソロ奏者のオーナメント(装飾音というよりジャズメンのやるアドリブに近いもの)などは19世紀には廃れてしまいます。作曲家がより完成度の高い、というか細かい所まで全部書いてしまう楽譜を作るようになったからです。ベートーヴェンやショパンの楽譜にアドリブを入れるなんて恐ろしくて出来ませんよね。鍵盤楽器の即興演奏という習慣はまだ残ってたでしょうが、これもだんだん演る人がなくなっていきました。書かれた譜面が強力なものになっていくのと反比例して演奏の即興性が無くなっていったのです。

通奏低音の大復活

19世紀も終わり頃にはマーラーやR・シュトラウスの過剰なまでに書き込まれた楽譜でオーケストラがガンジガラメにされていましたが、室内楽でもピアノ曲でも緻密に書き込むべきものとなり、なによりも楽譜を尊重すべし、という考え方が行き渡ってしまいました。いわゆるクラシック音楽の世界がそんな風な楽譜第一主義に落ち込んでしまっても、世の中にはもっと自由に演奏を楽しみたいという人はいるもんで、特にアメリカでジャズというのが生まれました。ジャズは黒人の自由で生き生きとしたセンスだけでは生まれません。それとヨーロッパ調性音楽のハーモニーのセンスが出会ったからこそあんなステキなものになったわけです。和音進行を基盤にしてメロディーやリズムを即興的に発展させるジャズでは演奏するみんなが従うべきなのは基本のリズムと和声展開だけです。そこで和音展開を示す簡単な譜面を使います。まあ実際の演奏ではそれらを覚えてしまうので、譜面など殆ど見ませんが。カントリー音楽やラテン音楽、さらにロックもジャズのやり方を踏襲しています。そして今日、ポップ・ミュージックというものは録音やライブでこの和音展開の覚書きである「マスター・リズム」という譜面をつかっています。この「マスター・リズム」は通奏低音とまったく同じものと言っていいでしょう。今日、世界中で行われている録音やライブの大部分がポップ・ミュージックであることを考え、そこではみな「マスター・リズム」の譜面を使っていることを考えると、通奏低音は20世紀以降、大復活したとみることが出来ます。

最後にジャズにおける「マスター・リズム」の例をしめしてこの項を閉めたいと思います。

master

 

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